内的「私」と社会的「私」

7月 2nd, 2009

先日、掘り起こしてアップした2005年12月6日の夢の記録と

当時、夢見の直後に私自身が感じたことの記録、

それらを読み返していると、今は当時とは違った感想を持ちます。

社会的「私」は内的な「私」が意識しないところで深くスタディしていることに気づかない。

内的「私」は、行き先を知っている。けれども社会的「私」は学校に戻らないとと思っている。

無意識の力が強かったので、学校ではなく博物館(集合的無意識あるいはたましいの記憶)

を通って神殿(Divinity)にたどりついた。

しかし、社会的「私」にはまだ準備ができていなかった。

だから、奥に進むのを自ら阻んだ。

そして、慣れ親しんだ場所(学校)にに戻ることにしたのだ。

深層心理学的見方をすれば、自分の夢の中の登場人物は皆、

自分自身の様々な側面を表しているので、

「祖母」というモチーフも、

「神殿の守主」というモチーフも、

私の無意識のある姿を表現しているととらえることができます。

もちろん、これが絶対的に正しい、という解釈があるわけではなく、

自分がどのように感じ、洞察を得るのか、そのことが大事なのです。

2005年の終わり、私は内的「私」の志向と社会的「私」の志向が

ズレていることを意識し始めていました。

社会的「私」がいくら、あらゆる合理的な言い訳を並べてみても、

内的「私」が納得するはずもありませんでした。

しかし、内的「私」はズレを調整すべく動き始めていたように感じます。

社会的「私」は、まだまだほとんど意識できていませんでしたけれど。

夢の記録より

7月 1st, 2009

2005年の終り、12月6日にみた夢の記録より:

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ランチに並ぶ。

カレーとスウィーツをAさん(知人の管理栄養士さん)に頼むことにした。

でも、他のことをしていてお昼を買い損ねる。

午後1時過ぎて、またランチを買いに行く。

やっとカレーは買うが、「容器とお金は後で、40分までに戻ってきて」と言われる。

私は出掛けて、その用事を思い出し、もといた場所(学校のようなところ)に

戻ろうとするが、間違えて博物館の入り口から入ってしまう。

建物はみんな外見は似ているため、間違えたのだ。

古い博物館。

戻らないと・・・と、出口を探すが、神殿に入り、わからなくなってしまう。

神殿の奥の方に続く通路に行こうとすると、係りの人(男性)から、

「ここから先はだめです」と止められる。

同時に祖母が私に駆け寄ってきて、

「どうしたの?こっちはだめよ。」と言う。

私は、ああ、助かった!と思う。

「おばあちゃま、私、迷っちゃったの。出口を捜しているの」と言う。

・・・・・夢のあとの記録より・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夢に出てきた博物館の大きかったこと

神殿の美しかったこと

奥に続く通路は、私には進む資格がないということを、

夢の中の神殿の守主(?)と祖母が教えてくれた。

私にはまだ準備ができていないということなのか。

それとも、私というたましいが進むところじゃないのか?

「進む」というより「間違って入り込む」という感じだった。

そうか、間違ってやみくもに進む所じゃないのだ。

「ずっとやりたかったことをやりなさい」 J・キャメロン

7月 1st, 2009

原題は The Artist’s Way で管靖彦さんという方が訳しています。

タイトルをみてわかると思うのですが、この本は小説ではなく、

自分自身と対話するためのテキストのような本です。

日本語訳は2001年に初版、2004年に再版されていますが、

私が手に取ったのは2005年に入ってからでした。

夢の記録はしていましたが、それ以外にも何か自分でできること、

と思ってセルフ・ワークのための参考書として用いました。

私にとってはモーニングページがとても役に立ちましたし、

アーティスト・デートも楽しめました。

当時は、家族や友人たちとの付き合いが少し億劫になっていたときです。

ちょっとしたことで涙が出たり、いらいらしたり、

ちょっとした相手の言葉にすごく傷つけられたような気がしたり、

今思い返すと、「プチうつ」だったのだと思います。

それでも決してエネルギーが枯渇しているわけではありませんでした。

物事の見方、自分自身への見方を少しずらすだけで、いろいろな発見がありました。

答えは自分自身の中にある。外に絶対的で正しい答えがあるのではなく。

ブリーフセラピーでも、クライエント自身がその人の答えを知っている。

だからセラピストの役割はクライエント自身がその答えを見つけるお手伝い、と考えます。

トレーニングを受けたので、頭ではわかっていたけれど、自分自身の体験として、

実感としてそれがわかったのは、2005年のセルフワークが大きかったと思います。

私にとって大切なワークでした。

今は、私自身は朝書くとは限らないため、

モーニングページではなくジャーナルと呼んでいますが、

日記みたいなものですけど、ずっと続けています。

ときどき、カウンセリングのクライエントさんにもこの本をお勧めすることがあります。

この通りにやらなきゃいけない と、つい思ってしまう人には、

そうではなくて、セルフとの対話のために参考にしてみては、と言います。

「こうでなければならない」という方法はありません。

私の尊敬するある人が、

方法は何でもいい、と言いました。

大切なのは「自分は自分自身でいていい」と自分に許すということ。

ヨガもメディテーションも、その他のワークも実はこれがだめでこれがいいというものではなく、

自分がフィットするものだったら何でもいいのですね。

それは、自分自身へのパーミッションにすぎないのですから。

Insight インサイト

6月 26th, 2009

私はこの言葉を良く使います。

洞察、知恵、宇宙からのメッセージ、といった意味として使っています。

2005年は悲しくつらい時を多く過ごしましたが、

感謝の思いや感動もしばしば起こりました。

それは、ほんとうに体調がずっと悪かったので、なんていうか

全体的に力が抜けていたのですね。

そして、脳のある部分が眠って、今まで眠っていた部分が代わりに目覚めた、

みたいな感じになっていたのかもしれません。

2005年7月7日に祖母の夢をみました。

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夢のなかで祖母が、

「いこいの家で、患者さんが”あとはゆっくり、お風呂につかって、休んでください”

 と言ってくれるのがうれしかった」と話していた、と、

私が父に話している場面。

父は感心したようなうれしそうな顔をした。

祖母やお教会のご婦人方から、私はいろいろな物を頂いた。

「たすかった」と喜んでいるが、ある商品券は濡れて破れてしまった。

・・・夢の後の感想の記録・・・

私は取り込むばかりじゃないかしら?

出さなければバランスが悪い

バランスが悪から

全体の「私」はバランスを取ろうとする

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夢によって何か気付かされる

それもインサイトだと思うのです。

Nurture Yourself

6月 25th, 2009

理由は全く不明ですが、昨夜、とても強い悲しみの感情が押し寄せてきたので、

オラクルカードの一つ、Ascended Mastersにお伺いをたててみました。

「今の私にとって最適なメッセージをください」と。

そして出たのがこのカード、”Nurture Yourself”でした。

セルフとの対話だな、と思った私は、夢の記録をぱらぱらと読み、

なぜか、2005年のノートを手にとりました。

2005年は、私にとってとても大きくつらい出来事があった年です。

初めて授かった赤ちゃんを3月の終わりに流産し、

4月半ばには、私をとても大事にしてくれた、大好きだった祖母がこの世を去りました。

私はずっと体調が悪く、祖母がもうかなり状態が悪くなっていたこともわかっていませんでした。

退院したと両親からきいて、そうか、良くなったんだと勝手に勘違いしていました。

しかし、実際は、退院したのは、「最後は家で過ごさせてあげたい」という

父のたっての願いで実現したことだったようです。

そのため、「お出直しになった」(天理教を信仰している人々はこういう表現をする)

と母から電話があったとき、そんなはずはない。

何もしてあげていないのに、看病もお礼も何もしていないのに、そんなはずない、と声をあげて泣きました。

自分が情けなくて悲しくて申し訳なくて。

実はそれからもう4年たちましたけど、今でも申し訳ないという気持ちは消えないのですね。

しかし、つらかった2005年には、いくつかのInsightが私のもとにやってきました。

6月28日の日記にはHigher Selfとの対話が記録されていて、

私は、「無限の宇宙のエネルギーを使う知恵を教えてください」と言っているのです。

Higher Selfの答えは、今、読むとびっくりします。

なぜかというと、この2005年6月時点では、教えてもらってはいても、

あまりしっくり理解していなかったと思うからです。

それから間もなくそんなことを訊ねたことすら忘れてしまったくらいです。

記録によると、Higher Selfはこんな風に答えてくれたのです。

「あなたは知っているはず。もう何度も聴いているはず。

あしきをはらうてたすけたまへてんりおうのみこと

ちょいとはなしかみのいふこときいてくれ

あしきのことはいわんでな

このよのじとてんとをかたどりて

ふうふをこしらえきたるでな

これがこのよのはじめだし

なむてんりおうのみこと

あしきをはらうてたすけせきこむいちれつすましてかんろだい

(*上記の唱は、天理教では朝夕のおつとめに唱えているもの)

これも宇宙のエネルギーを用いる知恵である

祈りもそうだ

目標を掲げ一つひとつ実行するのもそうである

耳を澄ますこと、鼻でかぎわけること、肌で感じること・・・」

不思議だなと思うのは、2008年に入り、メディテーションを実践するようになって、

同様のInsightがまたやってきたことです。

このため、2008年8月からは私のワークに組み込まれました。

おそらく、サンスクリット語のChantも、

キリスト教の祈りの言葉も、お経も、同じような働きがあるのではないでしょうか。

私は、生まれが天理教の教会だったので、

「みかぐらうた」がしっくりくるというだけのことだと思います。

しかし、それも今だから、それを実感しているということです。

以前はあまりそういう意識がなかったと思います。

ただ、祖母は、ほんとうに「みかぐらうた」が好きでした。

今は私にはその理由がわかるのです。

こういうのはアンテナのチューニングなのですね。

宇宙の理にアンテナを合わせるような感じです。

ぴたっと合った気分の良さ、がさらに、それを続けさせるのでしょうね。

それから、2005年7月2日の日記にはこんなことが書いてありました。

「何か特別なことをしたり特別なところに行かなければ

大切なことがわからないと思っていたのかもしれない。

でも違うみたい。

答えは自分のなかにある、みたい。」

夢の記録より

6月 24th, 2009

2005年4月2日の朝方みた夢の記録より:

 旅の途中だったと思う。

 お宮さんに入ると神殿(拝殿)に通され、奥の方まで男の人に導かれて行く。

 その男の人はそのお宮の人(宮司さん?)。

 奥の間は、無重力みたいで水のなかのように体を軽く浮かせることができる。

 「外に出られるよ」と言われ、その男性について出口へ。

 出てびっくり。階段式ピラミッドの最上階に出る。

 古いお宮群、千年杉がみえる。

 天空の城にいるみたい。

 木造りの宮を指して、あちら側に降りるように言われる。

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さて、あのとき、あちら側に降りたのでしょうか・・・。

記録も記憶もありませんが、降りたような気がします。

日本語の美しさの理由

6月 14th, 2009

さきほど、黒川さんの書かれた「日本語はなぜ美しいのか」をご紹介しました。

ところで、肝心のその本のなかで言及されている日本語の美しさの理由について、紹介するのを忘れていました。

下記に要旨をまとめます:

・日本語というのは「同じ土地で、似たような骨格の人々が、一つの言語を何千年も培ってきた」「このため、私たちの母国語である日本語は、世界の中でも、有数の安定性を誇り、豊かな情感の世界をもっている」

・日本語は音韻の「発音体感」と意識と所作、情景が一致している。「口の中の模倣と、ことばの指し示すところの事象が一致している」と美しいと感じられるはず・・・と、かのソクラテスは言っていた。日本語はその性質をとどめている稀有な言語である(欧米各国語は、インド・ヨーロッパ祖語と呼ばれる、チベット高原で9000年ほど前に生まれた言語に端を発しており、さまざまな地域・民族を経て、必ずしも音韻の発音体感と意識、所作、情景が一致しなくなっている。)

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私は日本語の美しさはことばの意味だけでなく響きだとずっと思っていました。音波というのでしょうか・・・。

私は祝詞の響きがとても好きなのです。

実家が天理教の教会ですので、お祭りのたびに、何か慶事のたびに父が(あるいは母が)奏上する祝詞を聴いて育ちました。

現在では、天理教では「祭文」と称しますが、いわゆる祝詞のことです。

父がお祭りのときによく奏上していた祝詞のフレーズが何度も意識を去来することがつい最近あり、

とうとう自分で祝詞を書いて、森羅万象=宇宙の理=神に奏上させていただきました。

とても気持ちが良かったので、それ以降もときどき、奏上させていただいています。

この気持ちが良い、フィットするというのが発音体感なのですね。

黒川伊保子さんの「日本語はなぜ美しいのか」を読んで

6月 14th, 2009

先日、たまたま書店で目に留まり購入して一気に読みました。

日本語は美しいし、日本語を失いたくない・・・私は黒川さんにすごく共感しています。

「地球交響曲第三番」のナイノア・トンプソンを思い出しました。

ハワイがアメリカ合衆国の州の一つになったとき、その当時のハワイにもともと住んでいた人々は、自分たちの言語を話すことを禁じられ、彼らのスピリチュアリティから表現される文化を否定されました。しかし、おこるべくして、1980年代、若者たちを中心にハワイの文化復古運動がおこりました。

その中心となった若者の一人がナイノア・トンプソンです。

アラスカでも同様のことがありました。

オーストラリアでも同様のことがありました。

当然、北アメリカ大陸でも、南アメリカ大陸でも同様のことがはるか昔にあり、失われた言語もあります。

日本は戦後、幸いにもアメリカの属州とはなりませんでした(実質的なありようはどうれであれ)。

日本語というのは、「母音を主体に音声認識をする、世界でも珍しい言語」だそうです。

また、「現在、日本語と同じように、母音を主体に音声認識をする言語として確認されているのは、ポリネシア語族のみ(ハワイ語などもこの仲間)。もしかすると世界の少数民族のことばを精査すれば、もっと日本語の「仲間」を探し出せるかもしれないが、世界経済を牽引している欧米各国やアジア各国言語においては、すべて、子音を主体に音声認識をしている。しかも、これらのことばの使い手の脳では、母音は、ことばの音として認識されておらず、右脳のノイズ処理領域では『聞き流して』いるのだ。」

そして、「日本語は、圧倒的少数派の方式の言語である」ため、「裸の王様」の寓話にたとえて、日本語を話す者には「王様の衣」が見えるのに、それが見えていない人たちもいて、「見えない人が多数派なら、見えている人は嘘つきということになってしまう。それが論理と民主主義による当然の帰結であり、近代思想の怖さは、ここにある」と述べています。

また、黒川さんは、子どもの主たる養育者(主に母親)の母語が英語でもないのに、英語で子どもを育てようとしている親の浅はかさと、将来的にその子どものコミュニケーション能力が危機にさらされる懸念を表明し、警鐘を鳴らしています。

いろいろな意見を持つ人がいるでしょうけれど、とにかくすべての日本語を母語とする人々にご一読いただきたい、お薦めの本です。

不一致と一致

6月 11th, 2009

未来イメージの3水準のことを思い出した理由は、ささやかながら、私自身がまた新たなチャレンジを始めたからです。

いくつになっても、新たな目標はわくわく感と心地よい緊張をもたらしてくれるものですね。

ただ、昨日書いたことを読み返して、つけ加えたほうがいいな、と思ったことが・・・。

心のうちに描いたヴィジョンというのは、常に意識しているものばかりではないということ。

意識の深いところが覚えている、いわば「たましいのヴィジョン」ともいえるものがあるのです。

だから、必ずしも「意志」が強ければ願いがかなえられる、というわけではないのです。

社会的自我がいくら望んでも、セルフ(もしくは「たましい」)がその希望とは正反対の志向をもっていたとしたら、

そこで社会的「私」と内奥の「私」の不一致がおきているわけですから、車輪はうまくまわらないのです。

会社でいうと、代表者である社長の行い(ふるまい)と会社のミッションステートメントが全くかみ合っていない状態です。

その会社が目標を達成するのは難しいことでしょう。

物事がうまくいかないとき、自分自身の不一致に気づくというのはとても重要なことです。

逆に一致していることが、自分の本質で生きているということなのです。

そうなると、いろいろとおもしろいことになってきます。

願望をかなえようと躍起になることもなくなります。

それよりも、こんなことがあるんだ・・・という驚きと感動!

「きっとこうなるだろうな」が私をここに連れてきました。

それは、意識していたことだけではないということです。

夢の記録を読み返していると、それがよくわかるのです。

未来イメージの3つの水準

6月 10th, 2009

これは、大学院に所属していたときに、森俊夫先生から教わりました。

私たちがもつ未来のイメージには3つの有り様があると。

 (1) 「~であるべき」

 (2) 「こうなったらいいな」

 (3) 「きっとこうなるだろうな」

 私たちは過去にしばられているのではなく、3つ目の「きっとこうなるだろうな」という未来イメージに大きく影響されているのです。

(1)は実現する可能性はあります。けれども、その人本来の希望を犠牲にしていたり、自分に合わないことを選んでいる可能性があるので、うまくいかなかったり、無理にやっても病気になったり、他の社会的な問題が出たりして、困難を経験する可能性が高いのです。

(2)は、思っているだけで、何も行動に移さなければ、そうなる可能性はたいへん低いといえるでしょう。それでも、希望をかなえるために行動をおこしているうちに、(3)の「きっとこうなるだろうな」に変化することがあります。そうなったら実現の可能性は限りなく高いのです。

私はこの話を初めて聴いたときに、自分自身に当てはめて、ほんとうにそうだと実感しました。

私は3番目の未来イメージにより、こうなってきたのだなあ、と。

そうすると、もし「きっとこうなるだろうな」というイメージがネガティブなイメージだったとしても、残念ながら、そうなってしまう可能性が高いのです。

カウンセリングを行っていて、クライエントがとてもネガティブな未来イメージ(たとえば、「来年の今頃は私はもう存在しないでしょう」など)を語ったとしたら、それは、SOSだと認識します。何かしら、現在の流れを変えるための介入が必要と判断します。

 ここからは、私の経験から得た洞察です。

「人は思い描いたことを実現する」

それはつまり「こうなったらいいな」が「きっとこうなるだろうな」に変化したときに起こりやすくなるのです。

そのプロセスには、必ず、能動的なアクション「行動」があります。

思い描く→行動する→洞察を得る→行動する→洞察を得る→行動する→洞察を得る・・・

こんな繰り返しがどれほど続くかはケースバイケースですが、やがて、「こうなったらいいな」が「きっとこうなるだろうな」に変化したとき、それは限りなく実現に近くなっている、といえるでしょう。